大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(ワ)1426号 判決 1999年8月27日

原告

金澤正則

外一名

原告ら両名訴訟代理人弁護士

井手大作

被告

金澤稔

外二名

被告ら三名訴訟代理人弁護士

阿部隆彦

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告金澤稔は、各原告に対し、それぞれ平成八年五月一〇日遺留分減殺を原因とする、別紙物件目録記載(一)の土地(以下「本件土地」という。)については、持分一〇万分の一〇四一の所有権移転登記手続を行い、各原告に対して金五〇七万五七三一円及びこれに対する平成一〇年二月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告金澤翠は、各原告に対し、それぞれ平成八年五月九日遺留分減殺を原因とする、本件土地について持分一〇万分の一〇四一の所有権移転登記手続を行い、各原告に対して金一二四万五六七六円及びこれに対する平成一〇年三月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告金澤裕は、各原告に対し、それぞれ平成八年五月一〇日遺留分減殺を原因とする、本件土地について持分一〇万分の一〇四一の所有権移転登記手続を行い、各原告に対して金一一六万八五三二円及びこれに対する平成一〇年二月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

本件は、原告らが、遺留分減殺請求権の行使を主張して、土地共有持分の移転登記請求と金銭の給付を求めているのに対し、被告らは原告らの実質上遺留分を先取りしており、遺留分の放棄まで訴訟上の和解で合意しているのであるから、(一)原告らの請求は遺留分放棄の合意により失当である、(二)原告らの請求は信義則に反する、(三)原告らには特別受益があり、遺留分は認められないと主張して、争う事案である。

二  前提となる事実(後に、証拠を掲げるもののほかは、当事者間に争いがない。)。

1  原告らは亡金澤信夫(以下「亡信夫」という。今後、金澤姓のものは、姓を省略して記載する。)と亡羊子の間の子供である。

亡信夫と被告らは、亡義之介と亡キヨ(本件の被相続人)の間の子供である。

2  亡キヨは、平成七年五月一八日、死亡し、子である被告らと亡信夫の子である原告らがその相続人となった。

3  亡キヨの遺産は、概ね以下のとおりである。

(一) 本件土地(ただし、その価値については争いがある。)

(二) 別紙物件目録(四)記載の建物(以下「本件建物」という。)五〇万円

(三) 現金一〇万円

(四) 預貯金八三九五万三四三七円

(五) 有価証券二八六八万八二六九円

(六) 貸付金四〇六万円

(七) 未収金二四九万二三四六円

(八) 電話加入権四万五〇〇〇円

(弁論の全趣旨)

4  亡キヨは死亡前、遺産の全部を被告ら三名に相続させる旨の遺言を作成していた。

右遺言にしたがい、原告らを除外したまま、被告らの間で、以下のような遺産分割協議がされた。

(一) 被告稔

(1) 本件土地 共有持分六分の一

(2) 本件建物  五〇万円

(3) 現金    一〇万円

(4) 預貯金   五〇三一万九二八七円

(5) 有価証券  二三七〇万三八六九円

(6) 貸付金   四〇六万円

(7) 未収金   二四八万三五五〇円

(8) 電話加入権 四万五〇〇〇円

(二) 被告翠

(1) 本件土地 共有持分六分の一

(2) 預貯金   一四九三万七六三三円

(3) 有価証券  四九八万四四〇〇円

(4) 未収金   八七九六円

(三) 被告裕

(1) 本件土地 共有持分六分の一

(2) 預貯金   一八六九万六五一七円

5  原告らは、平成八年五月一〇日、被告稔及び被告裕に対し、平成八年五月九日、被告翠に対し、それぞれ遺留分減殺の意思表示をした。

6  なお、亡キヨ及び被告らは、昭和六〇年ころ、亡信夫を被告として、東京地方裁判所に対し、訴えを提起した(当庁昭和六〇年(ワ)第一二二四号建物保存登記抹消登記手続請求事件。以下この事件を「前訴」という。)。前訴は、亡義之介の遺産分割に関連した訴訟であった。具体的には、亡信夫が建築主として、亡義之介の土地上に建築し、亡信夫名義となっていた建物について、亡キヨ及び被告らが、その所有権は亡義之介に帰属していたと主張して、建物保存登記の抹消登記手続を求めた事案であった。前訴については、昭和六三年九月二九日、裁判上の和解(以下「本件和解」という。)が成立した。

7  本件和解において、亡信夫は別紙物件目録(二)記載の土地及び同目録(三)記載の土地の持分四分の一並びに精算金三〇〇万円を取得した。

8  本件和解の和解調書上には、「亡信夫は、将来、亡キヨが死亡した際に、亡キヨから受ける相続分に相当する財産を既に取得することを認め、将来相続分及び遺留分を請求しないことを約束する。」との条項(以下「本件条項」という。)がある。

二  争点

1  本件条項による遺留分減殺請求権の放棄は有効か。

2  原告らの遺留分減殺の主張は権利の濫用となるか又は信義則に反するものか。

3  原告らの先代亡信夫は特別受益を受けており、原告らの遺留分減殺請求は許されないか。

三  争点に関する当事者の主張

(被告ら)

1 本件和解においては、亡信夫及びその家族の希望に基づき、亡キヨがいずれ遠くない将来死亡したときに、再び兄弟間でトラブルが生じることがないように、亡キヨ死亡時の相続において亡信夫が有する法定相続分に相当する財産を亡信夫が先に取得することとした。

2 その結果、本件和解において、亡義之介の遺産に対する亡信夫の相続分は八分の一であるにもかかわらず、亡キヨ経由分を加えた四分の一を亡信夫が相続することとしたこと、その代わりに亡信夫は亡キヨが死亡しても、相続分・遺留分を請求しないことを約束した。本件和解の本件条項は、この内容を示したものである。

3 確かに、遺留分を事前に放棄するには家庭裁判所の許可が必要であるが、本件では地方裁判所における和解において亡信夫が十分納得して、むしろ、自ら望んで、遺留分を請求しないことを約して、代わりに相続分を先取りしたのであるから、本件和解における遺留分放棄は、家庭裁判所の許可と同様の効力を有する。

4 仮に家庭裁判所の許可を得ていないことをもって、正規の遺留分放棄と認められないとしても、前記の経緯からすると、本件では、実質的には遺留分はおろか法定相続分すら侵害されていないのであるから、原告らの遺留分減殺請求は信義則に反する。

5 亡信夫は、本件和解において、土地については、亡信夫が将来亡キヨから受けるべき相続分の全部を上乗せして取得しており、また、前訴以前に亡キヨの固有財産から一〇〇万円単位の金銭の贈与を受けている。したがって、亡信夫は亡キヨの生前に特別受益を受けており、この点からしても遺留分侵害の問題は生じない。

6 原告らは亡信夫の代襲相続人であるから、遺留分や特別受益の算出にあたっては、被代襲者である亡信夫と同視できる。

(原告ら)

1 民法は、相続開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を得たときに限り、その効力を生じると定めているのであり、家庭裁判所の許可を得ない遺留分放棄は無効である。

2 以下の事情からすると、原告らの遺留分減殺請求権の行使は信義則に反するものではない。

(一) 前訴において、仮に法的に有効な遺留分放棄を行う合意があったのであれば、亡キヨ及び被告らと亡信夫の双方に弁護士が代理人としてついていたのであるから、家庭裁判所に遺留分放棄許可申立てをする等の条項を付加したり、家庭裁判所の許可を直後に受けられる段取りをしたり、家庭裁判所の遺留分放棄許可審判と引き換えに精算金の支払を受けたりといった措置を講じたりすることは容易であった。にもかかわらず、本件条項のような合意に留めたのは、本件条項が当事者にとって和解成立のために重要な意義を有していなかったからに他ならない。本件条項は例文として拘束力のないものというべきである。

(二) 原告らは前訴の当事者ではなく、代襲相続人として、被代襲者である亡信夫とは別個の、固有の権利を行使しているものである。

(三) 亡信夫は、本件和解成立時点では、亡キヨの金融財産が開示されなかったため、金銭の給付については亡義之介が確実に有していた約二四〇〇万円の八分の一に相当する約三〇〇万円で甘受しなければならなかったところ、亡キヨの金融資産は実際は一億一二六七万一七〇六円と予想外に多額のものであった。

3 前訴は、建物所有権と預金口座(建物の賃料が入金される預金口座)の帰属を巡る争いであったところ、亡信夫は本件和解において、これらの点についていずれも譲歩したものであり、土地については、亡信夫が将来亡キヨから受けるべき相続分の全部を上乗せして取得したとしても、このような対価的な取引については特別受益と評価できない。

第三  争点に対する判断

一  証拠(甲一四、一五、四二、乙三)及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

1  前訴は、亡義之介が所有していた土地上に建てられた亡信夫名義の建物の所有権と建物の賃料が入金される預金口座の帰属を巡る争いであった。

2  本件和解により、亡信夫は別紙物件目録(二)記載の土地(全部)と同目録(三)記載の土地の持分四分の一を相続することになった。これはほぼ亡義之介の遺産の土地の四分の一に相当しており、法定相続分八分の一を超えており、亡キヨが死亡したあかつきに亡信夫が相続すべき相続分を合算したものにほぼ匹敵する。

3  そして、本件和解時、亡キヨの現金・預貯金については、不明確な部分も残っていたものの、亡義之介の遺産としてその時点で明らかになっていた約二四〇〇万円の八分の一を亡信夫が取得することになった。

二  本件和解における遺留分放棄の合意は、家庭裁判所の許可に代えうるか否かについて(争点1関係)

民法が遺留分減殺請求の事前放棄を家庭裁判所の許可によらしめたのは、古い家長制度の因習のもと、長子でないものが不当にその相続権を事前に剥奪されることのないように慎重を期したためである。遺留分減殺の放棄は、もとより家庭裁判所の許可がなければ効力のない要式行為である。

したがって、本件和解における遺留分放棄の合意をもって家庭裁判所の許可に代替しうるという被告らの主張は採用できない。

三  原告らの遺留分減殺請求は信義則に反するか(争点2関係)

1 本件和解により、亡信夫は、土地に関しては、四分の一の持分、即ち、亡義之介の相続によって得られる持分のみならず、亡キヨが死亡した際の相続によって得られる持分もあわせて取得しているところであり、それゆえにこそ、亡信夫は本件条項により、「亡信夫は、将来、亡キヨから受ける相続分に相当する財産を既に取得することを認める。」旨確認しているところである。そして、これに引き続いて、亡信夫は、「将来相続分及び遺留分を請求しないことを約束する。」と規定しているところである。本件条項がその重要性からして、単なる例文などではないことは明白である。

2 そして、本件において亡信夫の包括承継人である原告らが、家庭裁判所の許可の手続が履践されていないことを奇貨として、遺留分を行使することを認めるならば、本件和解の合意に反し、原告らに二重取りを許すことになり、著しく信義に反することになる。

3  この点につき、原告らは、原告らは代襲相続人であり、被代襲者とは別個の権利を行使するから、信義則に反しないと主張するが、代襲相続人はあくまで被代襲者の有する権利の範囲で遺留分を請求しうるに過ぎないのであり、原告らの主張は詭弁を弄するものである。

4  また、原告らは、本件和解成立時点では、亡キヨの金融財産が明らかにされていなかったため、金銭の給付については亡義之介が確実に有していた約二四〇〇万円の八分の一に相当する約三〇〇万円で甘受しなければならなかったところ、亡キヨの金融資産は実際は一億一二六七万一七〇六円と予想外に大きかったことも、信義則に反しない事情として主張する。

しかしながら、亡信夫は、亡キヨの資産状況が必ずしも明らかでないままでもやむなしと判断して、和解に応じたものであり(もとより本件和解には、亡キヨの金融資産状況如何によってその効力が変動しうるような条項は盛込まれていない。)、こうした事情を踏まえた上で、あえて本件条項は、亡信夫が、亡キヨの遺産も先取りしたことを認めた上で、遺留分を放棄する内容とされている。したがって、亡キヨの金融資産について、亡信夫に見込み違いがあったとしても、本件和解が錯誤等により無効となるものではないし、前記判断は覆るものでもない。

5  以上の次第であるから、原告らの遺留分減殺請求は信義則に反するもので、許されない。

第四  結論

よって、原告らの請求はいずれも理由がない。

(裁判官田代雅彦)

別紙物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例